大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和63年(オ)1561号 判決

上告人

白井幸男

上告人

白井綾子

右両名訴訟代理人弁護士

坂東司朗

坂東規子

池田紳

被上告人

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

右訴訟代理人弁護士

向井弘次

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人坂東司郎、同坂東規子、同池田紳の上告理由について

自家用自動車保険普通保険約款の搭乗者傷害条項一条にいう「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」とは、当該乗車用構造装置の本来の用法によって搭乗中の者をいうものと解するのが相当である。原審の適法に確定したところによれば、亡白井文男は、本件事故当時、中村淳運転の普通乗用自動車の助手席の窓から上半身を車外に出し、頭部を自動車の天井よりも高い位置まで上げ、右手で窓枠をつかみ、左手を振り上げる動作をしていたというのであって、かかる極めて異常かつ危険な態様で搭乗していた者は、乗車用構造装置の本来の用法によって搭乗中の者ということはできず、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巌 裁判官大堀誠一)

上告代理人坂東司郎、同坂東規子、同池田紳の上告理由

一 原判決は、自家用自動車保険契約の搭乗者傷害条項第一条を不当に解釈適用した違法がある。これが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、到底破棄を免れないものである。

(一)1 保険契約は、いわゆる附合契約と称せられるもので、保険業者が予め開示した定型的、公的契約条項に、保険契約者が概括的に同意してなされるものである。

しかし、概括的同意といっても、現実には、契約者が契約関係に入れば、その約款条項の知、不知にかかわらず、その適用を受ける点においては、法令に近いものである。しかも、右搭乗者傷害条項は、自動車の車内に乗車中の者に発生した損害を定額でてん補する被害者保護の性格の保険である。従って、その条項の解釈に当たっては、保険契約者・被保険者の保護のため、客観的、画一的であることが要請され、恣意的解釈はもとより規範的な要素を取り込んだ解釈は、極力排除されるべきであり厳格な意味での文理解釈が要請されるところである。

特に、規範的な要素を導入することにより、被保険者の不利を招くような解釈態度は、許されないところである。

2 然るに、原判決は、

「本件保険約款が被保険者の範囲を『正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者』に限定しているが、これは、本件保険が『正規の乗車用構造装置』の持つ機能の安全性を前提にし、その構造装置のある場所に搭乗中の者の平均的危険(保険事故)を基礎として成立していることを意味するものである」

と判示し、「正規の」及び「搭乗中」の概念の中に、「安全性」とか「危険性」とかいう見えざる主観的、規範的概念を導入した解釈を基本的前提としている。何故そのような前提を採らなければならないかの根拠は全く示されておらず、このような原判決の解釈態度は、前記のとおり保険約款の解釈としては、不当なものである。

(二) 本件条項の解釈について

1 保険約款の解釈に要請される客観的、画一的な解釈態度により、搭乗者傷害条項第一条の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」を解釈すると、右条項は、搭乗者傷害保険の被保険者の範囲を被保険自動車との客観的な結びつき、つまり場所的な関係から特定したものであり、それ以上の意味を持つものではありえないものである。

2 この条項の「正規の」は、文理上明らかに「乗車用構造装置」に掛っているものであり、これは、正当な規則・基準に則って正式に乗車用に造られたという意味で、乗車用以外のために造られた構造装置や、被保険者等が勝手に乗車用として造った構造装置を除外する意味を有するものである。

従って、右条項にいう、「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、一般に乗車人員が、動揺、衝突等により転落又は転倒することなく、安全な乗車を確保することができるような構造を備えた運転席、助手席、車室内の座席という客観的な場所を指示しているにすぎない。

然るに、原判決は、「正規の乗車用構造装置」とは、それが本来予定しているその用法と相まって始めて「正規の」ものとして機能するものであるとして、「正規の」の概念の中に乗車の態様の危険度も含めて解釈しているものである。しかして、その理由として、右のような危険度を全く無視したのでは、被保険者の範囲を「正規の」乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者に限定した意味が全く失われることになる旨判示する。

しかしながら、原判決のように、「正規の」との文言に「危険度」なる規範的要素を導入する解釈は、前記のとおり保険約款の解釈態度としては誤りであり、そればかりでなく、約款の文理に反すること明らかであり、到底許されないものである。

また、前述したように、「正規の」の中に危険度を包含せず、文理に忠実に解釈したとしても、場所的特定の観点から被保険者の範囲を限定した意味は十分有しているものであり、原判決の判示のごとくその意味が失なわれることにならないことは明らかである。

以上のように、原判決の解釈は、本条項の被保険者の範囲を極めて不明確なものにするのみならず、極めて狭く解することに帰着するものであって、被害者の保護を全うすることができないことになる。

3 それのみならず、原判決のごとく、「正規の」文言中に、乗車の態様まで含めて解することになると、そのことと乗車用構造装置に「搭乗中」の文言の解釈との関係が問題となる。

原判決は、右の点について第一審判決理由説示と同一である旨判示しているので、「搭乗中」の意義は、「右の構造装置のある場所に乗り込むために、手足または腰などを、ドア、床、ステップ、座席に掛けた時から、降車のため手足または腰などを右用具などから離し、車外に両足をつける時まで」をいうことになる。この解釈自体は、客観的・物理的であり、また明確であり、妥当なものである。

原判決は、この「搭乗中」の諸動作と「正規の」に含まれるとする「乗車用構造装置の本来の用法による乗車態様」との関係をいかに解しているのであろうか。常識的に考えれば、「乗車用構造装置の本来の用法による乗車態様」には、右装置のある場所に乗り込むために、手足を、ドアや床に掛けるという動作は含まれないことになる。

しかし、この動作中に、誤って車が発進したため、転倒して傷害を蒙った者を被保険者から除外することは妥当でないし、原判決もそのような意図を有しているとは考えられない。だとすると、原判決の立場では、右のような場合には乗車用構造装置のある場所に本来の用法に従って乗車する「意図」を有しながら乗車しようとした者のみ、「搭乗中」に含まれることになる。

このように、原判決の立論は、「搭乗中」の定義の中に、主観的意図という要素を持ち込む結果を招くものであり、不当なものである。

4 更に第一審判決は、右のごとく「搭乗中」を客観的・物理的に解しながら、車内の座席に座らず、上半身を窓から車外に出すような「異常かつ危険な方法」で乗車している者は「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないと判示し、原判決もこれを支持している。しかしながら、例えば幼児、児童が乗車中、窓から顔や、上半身の一部を乗り出してしまった拍子に、たまたま事故が発生したような場合、運転者が車の後退時窓から顔を出して後方を確認しながら後退中事故が発生したような場合にも、原判決は保険による救済を否定しようとする趣旨であろうか。仮に右のような趣旨であるとするなら、保険制度の意義は没却されることとなろう。原判決は、本件事故において、被保険者に批難される余地もあるところから、客観的かつ物理的に解釈されるべき「正規の乗車用構造装置のある場所」「搭乗中」の文言につき、「異常性」「危険性」なる主観的な非難の要素を持ち込んでいるものであり、保険約款の解釈として不当である。

5 原判決は、控訴人(上告人)ら主張のごとく、乗車の態様の危険度を全く無視したのでは、条項が被保険者を限定した意味が全く失われ、そのような解釈が不当であることは明白であると判示する。

しかし、搭乗者傷害保険金の支払いが公益的観点から許されないような被保険者の帰責事由が大きな事故であれば、それはもっぱら免責規定によって処理されるべきであり、事実、搭乗者傷害条項第二条第一項には、故意免責その他の免責事由が定められているのである。

むしろ、原判決の解釈態度は、免責事由に該当しないのに、主観的、規範的要素を導入して、被保険者の範囲を不当に狭め、被保険者の不利に解するもので、約款解釈態度として不当であることは明白である。

(三) 結論

以上のように、原判決は、本条項の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」の解釈において、理由もなく「正規の」及び「搭乗中」の双方に「危険度」、「主観的意図」など主観的、規範的要素を導入して、解釈論を展開し、その結果、被保険者の範囲を極めて狭く解釈した違法がある。

二 本件事故の態様

(一) 要するに、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」であるためには、運転席、助手席、その他車室内の座席内に少くとも足、腰など身体を支える部分が存していれば十分であり、その姿勢、態勢は問わないものである。

本件の場合、原判決も認定しているように、亡文男の足、腰は、車内にあり、単に上半身を車外に出していたにすぎないものである。

従って、当然に「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該るというべきである。

(二) 東京地方裁判所昭和六〇年一一月二二日判決(交通民集一八巻六号一五二六頁、以下「箱乗り判決」という)は、いわゆる「箱乗り」について、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないと判断している。

「箱乗り判決」は、自動車の窓枠という「正規の」乗車用構造装置でないものに腰を乗せ、上半身を窓から車外に乗り出すような方法で乗車している者(いわゆる「箱乗り」)は、客観的に判断して「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗している者」ではないと判断しているものであり、本件事案とは異なることは明らかである。

三 よって、原判決は、破棄されるべきである。

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